「人に見られる」ということ
- 2016年11月23日
- 読了時間: 2分
Twitterに語彙力を吸い取られているような気がしている川澄シンヤです。
あれ不思議ですよね。気付いたら意味不明なことを呟いてしまう…。いつでも呟けるっていうのが原因だとは思うんですが、いつか語彙力が吹っ飛んでいきそうな気がします。
■Twitterアイコン紹介
本題に行く前に…8月からTwitterを始めて、ようやくアイコンを変えたので旧アイコンをここに載せようと思います。全体図を載せるのは初めてですな。

はい、不審者。どこからどう見ても不審者。不審者極まりないんで心の中で「不審者アイコン」と名付けてました。 マスク姿で流し目とか見るからに怪しい人ですよね。
このイラストはTwitter始めたいな、と思ってから急ごしらえで描いたものです。で、描いていて「どうにもイケメンに見えんな…せや、マスクでもかけさせたろ!」と歌い手っぽく仕上げました。口元隠すと私の絵でもイケメンに見えるもんなんだ、と描き上げた時は密かに感動していたのを覚えています。
でもやっぱり不審者なんだよな…。
■「人に見られる」ということ
ここからは真面目な話。
自分が描いた昔のイラストを見ていてふと思ったのですが、落書きノートと学生の時の部誌で描いたイラストだと明らかに後者の方が上手いんですよね。
落書きと本気で描いた絵という差はあるとはいえ、同じ時期に描いたと思えないほど画力に差があるんです。
2012年から「川澄シンヤ」としてホームページを開設し、pixivを始め、今年からTwitterにも絵を載せているわけですが…特にTwitterを始めてから明らかに描くスピードが向上したと思います。
Twitterだと拡散され不特定多数の方に見てもらえる機会が一番多い故、それが嬉しくていろんな絵を早く描けるようになったんでしょうね。それに心なしかここ数か月で画力も少し上がった気がします。
人に見られることを意識しながら絵を描くのも一つの上達法かもしれません。
どんな形であれ絵描きにとって人に見てもらえて、感想を頂けることほど嬉しいことはありません。
これからも自分の欲望に忠実に絵を描いてやろうと思います!




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